信頼関係を築くには

 署名記事に対して私のような匿名ブログが批判めいたことを書くのは、いささかみっともないことだと承知しているが、記事そのものへの批判ではなく、この記事に顕著に現れている土対法の考え方そのものへの疑問を呈するものとして、どうか大目に見ていただきたい。
 さて、社団法人土壌環境センターが発行している「土壌環境センター技術ニュース」なる冊子の第17号に、環境省の担当課長さんが、「改正土壌汚染対策法の施行について」という記事を寄稿されていた。今般の土対法改正について、その根本となる考え方を端的に表している箇所があったので、以下引用。

 分かりやすく言えば、今回の法改正の目的は「掘削除去の撲滅」である。それと裏腹の関係にあるのが、「自らの土地の汚染情報を公表してくれた人の負担は軽減しよう」、「みんなでなろう届出区域」ということである。


※下線強調部は原文のママ

※下線強調部は原文のママ
 ↑大事なことなので2度言いました。


 茶化すのはさておき、それぞれのスローガンの意図を私なりの理解で解説すると、まず「掘削除去の撲滅」というのは、これまで、土壌汚染が発見された場合の対応について、掘削除去が過度に偏重されてきた、という事情を念頭に置いている。掘削により汚染土壌が飛散し、あるいは汚染された土壌が搬出される過程で汚染が拡大するなどのリスクに比し、その場で汚染を封じ込めておいた場合に地下水や農作物を経由して人体に影響を及ぼすリスクの方が小さい場合であっても、掘削除去が選択されてしまうことによって、却って汚染拡大のリスクを招いている、という現状への対策である。
 一方「みんなでなろう届出区域」というのは、土対法に基づく区域指定を受けるということは、土地の自由な利用に制限を課されることなので、通常、土地所有者にとって好ましいものではないのだが、そこで発想の転換を行い、むしろ土壌汚染が発見された場合には、秘密裏に処理しようとするよりも、堂々と行政庁から法に基づく区域指定を受けることで、汚染土壌の不用意な拡散等がなく、汚染拡大のリスクが低減された土地であると知らしめることが、結局土地所有者にとっても利益となる、という価値観を社会全体で共有しよう、ということである。
 それぞれ、改正前の土対法が抱えた問題を正確に認識したうえで、それに対する改善策として熟慮のあとがうかがえる改正法である。……とか思ったんだろうな、3月までの俺なら。


 今回の改正法の問題点を端的に言うと、現実の、土壌汚染にまつわる社会経済活動に対する理解が、単線的にすぎる、ということである。
 例えば、掘削除去が偏重される理由について、(今回紹介の記事に限らず)改正法の解説で必ず言われるのは、土地の売買等の取引において、汚染のない土地が求められるからだ、という理由である。それはある面において真実だが、それだけがすべてではない、と思う。
 土地所有者の自主調査によって土壌汚染が発見された場合に、当該土地所有者が、その土地を今後も長期継続的に事業場として利用していきたい、売買等を行うつもりはない、といった場合であっても、むしろそういう場合にこそ、掘削除去が選択されるのが実情である。このような場合になぜ、封じ込めでなく掘削除去が選択されるのか、先の理由からではまったく説明がつかない。
 実際のところ、「封じ込めの方がリスクが少ない」というのは、現にリスクに接していない、いわば他人事であるから言えることなのである。土壌汚染区域に隣接して居住している者からすれば、封じ込めにより現在汚染の拡大がなく、今後も汚染が拡大するおそれは少ない、と言われたとしても、そこに汚染土壌が存在する限り、汚染に曝露される可能性は絶対にゼロにはならない。しかし、汚染土壌をすべて搬出し、正浄土で埋め戻してしまえば、被曝リスクは限りなくゼロに近づく。このような事情を考えれば、土壌汚染された土地所有者が、その隣接居住者に「掘削除去より封じ込めの方が汚染拡大のリスクは小さい」と説明することは、当該隣接居住者に対し「不特定多数に汚染のリスクを負わせる事態を避けるために、あなたは犠牲になってくれ」と申し入れているのと同じことになるわけで、継続的にその土地で事業を行っていかなければならない土地所有者であればこそ、そのような説明は口が裂けても言えない。


 たかだか2ヶ月関わっただけで偉そうなことを言わせてもらうが、環境行政の根幹をなすのは、信頼関係である、と思えるようになってきた。行政と住民、住民と事業者、行政と事業者、そのいずれの信頼関係を欠いても、望ましい環境状態は得られない。
 罰則をどれほど強化しても、環境行政においては、限界がある。行政の目的は事業者等に法令を遵守させることであって、罰則を科すことそれ自体が目的ではないからだ。結局、罰則などのサンクションに頼る義務履行確保手法は、相手が「罰則でも何でも持ってきやがれ」と居直ってしまったらその時点でおしまいなのであって、そうならないために、行政としては、事業者等の理解を得て、自らが法令を遵守しなければならないのだ、と思ってもらえるように、信頼関係を築いていくしかない。
 そのように考えたときに、今回の改正土対法は、土地所有者等の信頼を得られるような作りになっているだろうか。どうにも、行政側の都合だけ並べ立てたものになっていないだろうか、という疑問が、どうしても拭えない。再び引用すると

 土壌を動かすときに、キチンと規制を守ってもらうことが大切なので、自ら規制に服するつもりのある人は、調査の一部を省略しても良いことにして、土壌を持ち出すと気に省略した部分を追完してもらえば良いようにしてある。
(中略)
 汚染土壌が見つかったら、まず除去してから、自治体に報告しようというのは大きな間違いで、見つかったところで直ちに自治体に報告し、自治体の指示を受けて、台帳に載せてほしい。台帳に載っていないような土地は売買したら危ない土地だという認識が広がっていって、初めて、改正法が実効をあげられる。


※下線強調部は原文のママ

 というものの言い方には、どうにも「上から目線」の印象を受けてしまうのである。信頼関係を築くためには、もう少し役所の方から、一般市民の目線の高さに降りていく努力をしなければダメなんじゃないだろうか。