調和条項への反省への反省

 かつて、環境関連の法律には「調和条項」と呼ばれる条文が置かれていた。環境保護のための規制と経済的発展とは調和が図られるようにしなければならないという、実質的に、規制の限界を示したものだ。
 当時の我が国の置かれていた状況を考えれば、経済的発展が国家の最優先課題とされたことも、調和条項に象徴されるようにこれを規制するのに及び腰とならざるをえなかったことも、一概に否定するわけにはいかないだろうが、結果的に必要な規制が遅れ、さまざまな環境汚染を未然に防げなかったことは、昭和30年代〜40年代初頭の環境行政にとって、大きな反省点である。
 このため今日では、環境関係の規制においては、経済的理由は理由として認めないことが原則である。「お金がないから」という理由で環境対策を行わないことは認められず、法令で求められる必要な環境対策を行う資力のない事業者に対しては、市場からの退出を求めることとなった。
 このような状況で環境行政、特に立法(立法府は国会だから行政じゃないだろ、とか言わないの。具体的な規制の規定を持つ法律は、現状、議員立法で行うことはほぼ不可能であり、閣法として提案されるしかない)の場面においては、その規制を導入することによる経済的影響についてはあえて考慮せず、ただ環境保全の観点から規制の制度設計を行うのが常道となっている。


 ……のだが、ともすると、行政サイドの内部評価としては「事業者の都合なんぞ考慮する必要はまったくなく、とにかく厳しく規制をかけた奴が偉い」くらいのノリになっている雰囲気を、最近特に感じる。
 本来、命令や罰則による強制力を伴うような規制的立法においては、比例原則からの評価が不可欠なはずなのだが、環境分野においては、本当に比例原則とか考えて立案したのか?と首を捻りたくなるようなものも少なくない。
 平成22年4月施行の改正土対法についてもそうだし、今年6月施行の改正水濁法もそうだ。


 せっかくなので今回は、最近の案件である改正水濁法の話をする。
 水濁法の有害物質を貯蔵するタンク等については構造基準が課せられ、原則として3年以内に、地下浸透を未然防止する構造としなければならない。
 ところで水濁法では「アンモニアアンモニウム化合物、硝酸化合物及び亜硝酸化合物」が有害物質に指定されている。
 結果、脱硝用や排水処理用(活性汚泥の栄養剤)として、アンモニア水の独立したタンクを持っている工場が、軒並み規制対象となる。
 床面はコンクリート張りになってる?
 防液堤か回収溝がある?
 配管は地上化されてる?地下埋設管がある?
 漏洩がないことをどうやって確認する?目視できないところは?ファイバースコープ入れる?ガスで気密試験やる?
 色々なことを確認し、必要とあらば施設の改造、あるいは大がかりな点検を行わなければならない。


 ちなみに。
 アンモニアアンモニウム化合物、亜硝酸化合物及び硝酸化合物(以下「アンモニア類」と総称する)は、動物(人間含む)の排泄物等に多く含まれる。
 特に乳幼児が多量に摂取した場合、メトヘモグロビン血症という酸欠状態を引き起こすおそれがあるため、有害物質に指定されている。
 発生源は事業場排水のみならず、家畜排泄物、農地の施肥等、多岐にわたることが特徴である。アンモニア類による地下水汚染が発生している現場において、発生源の特定が不可能である(複数の発生源が複合した汚染と考えられる)事例も少なくない。
 なお、アンモニア類は土対法の特定有害物質とはされていない。


 で。
 臨海部の工業地帯に立地する工場で、周辺に飲用井戸はなく、それどころか工業専用地域だから住宅もあるはずもなく、地下水流向は季節による変動もなくまっすぐ海へ向かっていて、それでも(土対法の特定有害物質でさえない)アンモニア水のタンクがあるがゆえに、埋設配管を地上化する大工事をするか、毎年1回施設を止めて地下配管にファイバースコープ突っ込むか、ボーリングバーで穴掘ってガス検査やるか(いや地表が舗装されててムリ)、いっそアンモニア水の使用行程廃止できないものか、この際プラント全部海外に移転させるか……
 とか色々悩んでおられる企業関係者の方々の胸中を思うと、今回の規制はほんとにそこまで深く考えた上で決定されたのだろうか、と思ってしまうわけですよ。
 地下水汚染はもちろんない方がいいに決まってるんだけど、果たして施設の破損等による非意図的な漏洩が原因となる地下水汚染のリスクと、その対策として考えた今回の改正法は、釣り合いがとれているのか。
 これって雀を撃つのに大砲持ってきた類じゃないのか、と自治体の担当者である俺様も思ってしまうわけですよ。