有害「物質」という縛り

Q:4級アンモニウム化合物であるテトラブチルアンモニウムブロマイドを触媒として使用しています。この触媒タンクは、水濁法の有害物質貯蔵指定施設に該当しますか?
A:水濁法の有害物質である「アンモニアアンモニウム化合物、硝酸化合物及び亜硝酸化合物」とは、アンモニア(NH3)のほか、アンモニウムイオン(NH4+)、硝酸イオン(NO3-)又は亜硝酸イオン(NO2-)の構造を有するものをいいます。このため、いわゆるアンモニウム化合物であっても、アンモニウムイオンの水素がメチル基、ブチル基など他の官能基に置き変わったものは、水濁法の有害物質に該当しません。したがって、本件触媒タンクは有害物質貯蔵指定施設に該当しません。


 水濁法の有害物質とは、もともと、カドミウムや鉛などの重金属類を念頭に置いていました。
 ところが、化学工業が発達し、さまざまな化学物質(化合物)が大量生産できるようになると、これらの物質の有害性を評価し、人の健康に影響を及ぼすおそれの認められるものは、随時有害物質に追加されていくことになります。
 また、フッ素のように、通常単体では存在せず、フッ化カルシウムなどの化合物として存在するものについても、有害物質に追加されていくようになります。
 これらを水濁法施行令において「有害物質」として規定していく上で、いわゆる重金属類は「カドミウム」「鉛」のように表記することができました。この場合、元素名がそのまま物質名となるので、話は簡単です。
 ところが、揮発性有機化合物などの化合物になると、その化学的な組成が明確になるように規定してやる必要があります(原則としてIUPAC命名法によりますが、一部通用名によります)。例えば、1,1-ジクロロエチレンとシス-1,2-ジクロロエチレンとトランス-1,2-ジクロロエチレンはすべて化学式はC2H2Cl2ですが、これらの区別がつくように規定してやらなければなりません。
 そして、フッ素の場合、フッ化カルシウムだろうとフッ化ナトリウムだろうとテトラフルオロエチレンだろうと、規制の対象に乗せなければなりません。かくして水濁法施行令上の表記は「フッ素及びその化合物」のようになります。


 で、とどめとなるのが「アンモニアアンモニウム化合物、硝酸化合物及び亜硝酸化合物」という苦しい規定の仕方となった有害物質。
 地下水環境基準項目としては、このような持って回った言い方ではなく「硝酸性窒素及び亜硝酸性窒素」となっています。
 硝酸イオン又は亜硝酸イオンの形をしたものが人体に多量に摂取された場合に、血中ヘモグロビンを酸化させ(メトヘモグロビン)酸欠状態を引き起こす原因となると考えられているため、規制の対象となっているわけです。環境基準「項目」の場合は、問題なく規定することができました。
 しかし、水濁法の規制は有害「物質」にかかるものなので、それでは、硝酸イオン又は亜硝酸イオンの構造を有する「物質」って何なの?となったときに、「硝酸化合物及び亜硝酸化合物」という、何だか聞きなれない用語に着地せざるをえなかったわけです。


 ……で、ここで「有害物質」っていうくくり方に無理があるんじゃないの?っていう疑問が出ずに、何とかして「物質」じゃないものを「有害物質」のカテゴリに押し込もうとしてしまう辺りが、伝統的環境法の考え方の限界だと、わりと本気で思ってるわけですが。
 「特定施設」には「施設」ではなく「業種」で規制すべきものが含まれてますし、「有害物質」には「物質」ではなく「項目」として規制すべきものが含まれているのですが、そのへんの法の骨格を見直し、現代に見合ったバージョンにアップデートしようという発想がまるで見られない。
 カドミウムトリクロロエチレンとフッ素とアンモニアを同じ「有害物質」として同一の規制制度に乗せようというのは明らかにおかしいと思うんですけどね。これらが環境中に排出された後の挙動も、人体に達するまでの経路も、地下浸透時の汚染機構も、除外するために求められる設備も、それぞれまったく違うのですが。