総量規制制度

 水濁法の総量規制制度、と言われても、直接業務に携わったことのない人には何のことやらさっぱりだろう。
 水濁法の制定当初は、カドミウムやアルキル水銀に代表されるような、有害物質規制が喫緊の課題であったため、個別の発生源に直接排水規制を課すことによって、いかにこれらの有害物質を「出させない」かに重点が置かれていた。
 ところが、今日の水質行政においては、閉鎖性水域における富栄養化、硝酸・亜硝酸態窒素による地下水汚染等、発生源が多岐にわたる問題が発生しており、従来型の「発生源を直接規制する」方式では効果を挙げられない。
 水濁法の総量規制制度は、閉鎖性水域(東京湾、伊勢湾、瀬戸内海)の富栄養化対策として、これらの水域に流入する栄養塩類の全体量を、計画的に削減していこうとする試みである。
 この総量規制制度のように、多様な発生源を面的に捉え、個別規制によらず、全体量を削減していく制度は、今後、環境法の主流になっていくと思われる。(あるいはもう主流になっていると言ってもいいかもしれない。)ので、ちょっと総量規制制度を解説。


 東京湾、伊勢湾、瀬戸内海のように、外洋との水の出入りがあまり多くない水域のことを「閉鎖性水域」と呼ぶ。水の出入りが多くないため、汚濁物質が流入すると、湾内で蓄積され、外へ出て行きにくい傾向がある。
 特に、プランクトンの栄養源となる栄養塩類が大量に蓄積した場合、プランクトンの大量発生を招き、赤潮の原因となる、と考えられている。
 このため、閉鎖性水域に流入する栄養塩類の量を「全体として」削減し、赤潮の発生などを防止しようというのが、総量規制制度の目的である。


 総量規制制度においては、現在のところ、COD(化学的酸素要求量=主に有機性の汚れを測るための指標)、窒素、りんの3項目が削減対象となっている。
 これらの指標について、国は総量削減のための計画を立て、流域の都府県はこれを受けて都府県別の総量削減計画を立てる。
 併せてこれらの都府県では、事業場が守るべき総量規制の基準値を定める。この基準値は「C値」と呼ばれ、業種ごとの各項目の許容限度濃度に等しい。
 これに基づき、流域(指定地域という)の各事業場は、COD、窒素、りんについて「汚濁負荷量」を測定する義務が課せられる。汚濁負荷量とは「濃度×排水量」で求められ、その事業場から排出されたCOD、窒素、りんの「総量」を示すものである。
 そして、各事業場において、業種ごとの「C値」に届出最大排水量を乗じたものが、その事業場が遵守すべき汚濁負荷量の総量規制基準値となり、各事業場は日々の汚濁負荷量の測定を通じて、汚濁負荷量が総量規制基準値を超えないように気をつけなければならない。
 ところで、測定の結果、汚濁負荷量の実測値が当該事業場の総量規制基準値を超えてしまったとしても、罰則の適用はない。その代わり、各事業場は汚濁負荷量の測定結果を知事(政令市にあっては市長)に定期的に報告する義務があり、知事又は市長は、必要があるときは、排水処理設備の変更等の措置を講ずるよう命令することができる。
 知事においては、都府県内の事業場における汚濁負荷量の測定結果をとりまとめ、また都府県内の総量削減の実施状況について調査し、国に報告する。国はこの報告を受けて総量削減の実施状況を判断し、次の総量削減計画の策定に反映する。
 そうして新たな総量削減計画が策定されると、これを受けて都府県も新たな総量削減計画を策定し、この計画に沿ってC値が見直され、さらなる汚濁負荷量の削減を図っていく……という構造だ。


 この制度の肝となるのは、各事業場における測定義務の適正な実施と、自治体(特に都府県)における総量削減状況の適切な把握である。
 各事業場については、汚濁負荷量の実測値が総量規制基準を超過したとしても、さし当たり何のペナルティもない。他方で、測定義務違反、報告義務違反、記録保存義務違反については、罰則が定められている。
 つまり、排水の濃度規制の制度とは異なり、個別の事業所が基準に違反しているかどうかが制度の主眼となるのではなく、行政長による汚濁負荷量の実態把握のために必要な測定義務を果たしているかどうかが制度の主眼となっている。
 そして都府県あるいは政令市は、こうして測定された汚濁負荷量の排出実態を的確に把握し、今後の総量削減計画に反映させなければならない。いわゆるPDCAサイクルの「C」=checkの部分に当たる、このプロセスこそが決定的に重要である。総量削減が計画通りになされているか、現在の発生源の業種ごとの比率はどのようになっているか、今後どの業種を重点的に削減対象としていくべきか、そのためにC値をどのように設定するのが妥当か。総量削減に向けた行政庁の判断の根拠となるため、この実態把握こそが、制度の根幹を担うと言っても過言ではないのである。