役所の常識は世間の非常識

「BODとCODの数値取り違えてますよー」
「全窒素の日報が2月分が2枚付いてて1月分が付いてないですー」
「宛先が市長じゃなくて知事になってるんですけどー」
「記入欄が全部1行ずれてますー」


 4月以降、何度となくこんな電話をかけまくっているのは、水濁法の総量規制に係る汚濁負荷量の測定結果の報告書を受け取るお仕事。
 ざっくり解説すると、水濁法による規制には「濃度規制」と「総量規制」があり、濃度規制というのは「その事業所からの排出水における測定項目のそれぞれの濃度が、基準値内に収まっているか」という観点の規制なのだが、総量規制というのは、閉鎖性の高い海域(東京湾、伊勢湾、瀬戸内海)において、「水質汚濁の原因物質をトータルでどれだけ排出しているか」という観点からの規制だ。
 総量規制の対象となる事業所は、その排水量に応じて「汚濁負荷量の測定方法」を事前に県知事又は政令市の長に届け出た上で、定期的に、汚濁負荷量(簡単に言えば、排出水の日量と原因物質の濃度の積)を測定し、四半期ごとにこれを報告しなければならない。
 で、これがまあ、呆れるくらいミス続出なので、事業所に電話かけまくって補正させまくる必要があるわけだ。


 汚濁負荷量の測定に限らず、水濁法に基づく届出や報告は、どれもこれも書類の量が多く、計算が煩雑なものも多い。当然、事業者側のミスも多いし、行政庁側でも間違いを見過ごさないようにチェックするのはなかなかの大仕事だ。
 小規模な事業所に比べて、敷地面積が何万平米もあるような大工場では、専門性の高いスタッフを抱えられるので、こうしたミスはいくらか少なくなるが、それでも、やはり少なからずミスは散見される。
 ところが、こうしたミスをほぼ一切犯さない、常に完璧な書類を提出してくる事業所がある。それは――他の行政機関が設置する事業所。国や他の自治体なんかが設置している事業所から提出される書類は、非常にミスや勘違いが少なく、正確だ。


 そんなこんなで、民間の事業所にミスの指摘をしまくりながら、これってどうなんだろう、という気がしてくる。もしかして、ミスを繰り返す民間の事業所に問題があるのではなく、役所でなきゃ完璧な書類を作れないような制度そのものに問題があるのではないか?つまり、制度の発想自体がそもそもお役所的にすぎるのではないか?
 言うまでもなく、水濁法の各種規制の目的は、法律名から分かるとおり「水質の汚濁を防止すること」なのであって、「完璧な書類を提出させること」それ自体が目的化してはならない。それなのに、書類が大量かつ複雑にすぎて、各事業所に「書類を整える」ことに多大なエネルギーを費やさせるということは、実は、無駄なのではないか?という疑念が浮かんできた。書類が細かすぎるがゆえに、各事業所をして「書類を整える」ことそれ自体を目的化させてしまい、結果、水濁法の本来の目的を忘れさせる結果になっていはしないか?
 あえて辛口の言い方をすれば、水濁法上の各種の届出制度は、理論上は実に緻密に、よく考えて作られていると思うのだが、悪く言えば理論倒れの感があり、実際の社会経済活動(もっと簡単に言えば、人間はミスをするものである、ということ)への想像力を欠いているのではないか?「この法律に則って、手続を完璧にやれば、水質汚濁防止はバッチリです!」というのは、「こんな手続完璧にやれるわけないだろ!」という批判を免れられないのではないか。それはある意味において、実効性を欠いた制度設計と言わざるをえないのではないか。


 ……なーんて、早速自分の仕事を否定しようとしてるわけじゃないんですよ。ないんですったら(フォローになってない