1,4-ジオキサンって何だ

 今年5月に水濁法施行令の一部が改正され、1,4-ジオキサンと塩化ビニルモノマーが有害物質に追加されるとともに、有害物質のうち1,2-ジクロロエチレンがシス体のみの規制からシス体とトランス体の和での規制に変わりました。
 改正水濁法施行直前の駆け込み改正ってドウヨ?とか、常温常圧下で気体の塩ビモノマーを規制する意図ってナニ?とか、塩ビモノマーとトランス-1,2-ジクロロエチレンについて「有害物質ではあるけど排水基準値は特に設けないよ」って姿勢は法制度として既に論理破綻してるよね、とかツッコミどころ満載な改正だったのだが、そのへんの愚痴を書き連ねても何の役にも立たないので、今回は真面目に1,4-ジオキサンの話。
 自分自身の復習も兼ねて、化学専攻じゃないのに事務屋なのに素人なのに水濁法の担当になっちゃった人のための、細かい間違いはさておき大筋で大体失敗しないための1,4-ジオキサンの話。


 1,4-ジオキサンについては、今年の11月26日から排水基準が適用されます。一律排水基準は0.5mg/Lですが、業種によっては2年ないし3年の間暫定排水基準が適用されます。
 したがって、有害物質について条例で上乗せ排水基準を定めている都道府県にあっては、1,4-ジオキサンの上乗せ基準を定めるかどうか、という判断を迫られるわけです。
 で、まずは1,4-ジオキサンを知ることから。


 1,4-ジオキサンは、揮発性有機化合物の一種です。えーと、今ポメラで書いてるのでネット確認できないのだが、化学式はC4H8O2とかなんかきっとそんな感じだったはず。4つのCH2と2つのOがつながってぐるっと輪になったそんな形。なので、CH2とOの位置関係で3種類の異性体が存在する(1,2-ジオキサン、1,3-ジオキサン、1,4-ジオキサン)のだが、普通「ジオキサン」といえば1,4-ジオキサンを指します。
 あー文章で書くと分かりづらいな。絵描けば一発なのに。
 で、急性毒性が確認されているし、発がん性も疑われているので、このたび有害物質に指定されました。
 1,4-ジオキサンの用途としては、溶媒としての使用が大半を占めます。……溶媒として使ってるところは、そんなに排水中に出ないと思うのよね。廃溶剤は普通産廃として処分するんで、水系には出ないはず。っていうか排水に出ちゃったら事故か犯罪。
 問題は、1,4-ジオキサンを副次的に生成してしまう反応工程を持ってる事業場です。


 1,4-ジオキサンが有害物質に指定されたことで、ショックを受けている業界のひとつめは、界面活性剤業界。えと、界面活性剤っていうのは、親水基と親油基の両方を持つ物質の総称で、乳化作用を起こす……とか言っても、専門家はがっかりだし素人はさっぱりの説明ですよね。簡単に言うと、頭洗うシャンプーとか、洗濯洗剤とか、食器洗い洗剤とか、要するに洗剤類です。
 界面活性剤っていうのは、天然油脂から作ることもできるのですが、普通は石油化学工業で作られたアルコールを原料として作ります。この界面活性剤を製造する反応工程において、副生成物として1,4-ジオキサンができることが知られています。当然、いらないものなので、工程の最後に水でとばします。結果、1,4-ジオキサンを含む廃水が発生します。


 もうひとつ、1,4-ジオキサンが有害物質に指定されたことでショックを受けているのは、石油化学工業のうちEO業界と言われる業界。EOとはエチレンオキサイド。ナフサを加熱して得られる基礎製品であるエチレンを、酸素と反応させることで得られます。
 エチレンオキサイドを原料として作られるエチレングリコールは、合成樹脂であるポリエチレンテレフタレート(PET、衣類やペットボトルの原料)の原料として使われています。えーと、エチレンオキサイドと水を反応させてエチレングリコールジエチレングリコールエチレングリコールが2個くっついた感じのやつ)ができるんだったっけ?よく分かんないや。
 エチレンオキサイドとかエチレングリコールとか言うの長くてイヤなので、ここからは業界人っぽく「EO」「EG」と略しますね。
 で、ざっくり言って、EOEGを使った反応では大概、副生成物として1,4-ジオキサンが発生します。
 エチレンは以前書いたとおり「エチレンプラント」という石油化学工場の基幹的なプラントで大量に製造されます。なので、EOやEGの製造プラントも、エチレンプラントのある化学工場のすぐ近くに置いておいて(あるいは、エチレンプラントを持つ化学工場が自前で持って)エチレンの供給を受けやすくするのが効率的です。
 そして、EGとテレフタル酸の反応で得られるPETが、我々の日常生活に欠かせないものとなっている(衣類の成分表示で「ポリエステル」と書いてあるのは、大概PETです)ことから想像できるとおり、EOEGを本気で作ってる工場のプラントの規模は半端ないです。
 結果、これらの工場では、副生成物の1,4-ジオキサンを含む大量の廃水が発生します。


 他の揮発性有機化合物と異なり、1,4-ジオキサンは、排水処理で取り除くのが非常に難しい、厄介な物質です。
 普通、揮発性有機化合物(ジクロロメタンとか1,2-ジクロロエタンとかクロロエチレン類とか)は、沸点が低いので、蒸留にかけることで水から分離することができます。スチームストリッパと呼ばれる蒸留装置(上から有機化合物を含む水を落とし、下から高温のスチームを吹き込んで、気液接触させて沸点の違いで水と有機化合物を分離する……って言っても分からんよな。俺も書いててよく分からん)にかけると、分離します。
 ところが1,4-ジオキサンは、沸点が水と非常に近く(確か101℃とかそんなもん)蒸留によっては水と分離することができません。
 活性汚泥などの生物処理ではほとんど分解することができないし、凝集沈殿処理ではまったく捕まらない。要するに、通常の石油化学工場が持っているような排水処理施設では、まったくもって取り除けないのです。
 酸化剤を用いて強制的に酸化分解する方法(フェントン法)を使えば、1,4-ジオキサンを処理できることが分かっています。しかし、薬剤を用いた処理というのは、巨大プラントの大量の排水を処理する上では、コスト面でも運用面でも非現実的です。
 結果、先のEO業界のような大規模な発生源を持つ工場では、1,4-ジオキサンを含む排水を処理する具体的な手だてがないままに、11月から排水基準の適用対象となるわけです。そりゃ、暫定排水基準も必要だわな。


 以上のような状況を踏まえて、さて、1,4-ジオキサンの一律排水基準は0.5mg/L、EO業界に係る暫定排水基準(エチレンオキサイド製造業の場合)は10mg/Lとなってるわけですが、上乗せ条例やりますか、やりませんか。なんかもう完全に無理な空気が漂ってませんか。
 とりあえず11月26日から排水基準適用ということで、各事業場に排水基準の遵守を指導していかなければならない一担当職員としては、排水処理設備で取り除きようがないものについて何とかしろと指導をしなければならないわけで、これはこれで頭の痛い問題ではあります。