技術継承をどうするか

 ベテラン職員が次々退職の年齢を迎える中、水質保全に関する知識や技術をどのように継承していくか、というのは、頭の痛い問題です。


 公害問題が今よりずっと深刻だった昭和40年代を知る職員は、その多くがここ数年の間に定年を迎えました。
 大規模な工業地帯を抱える当市の場合、専門職(化学職)の職員を多く採用していたのですが、ここのところ毎年のように、水質保全行政を長く経験した頼もしい先輩方の卒業を見送っています。
 他方で近年は、職員の総数が抑制傾向にあることを差し引いても、化学職での職員採用は極端に少なくなっています(数年に1人、といったところでしょうか)。
 結果、水質保全を担当する我が係において、化学職の職員は、係長1人だけという状況になっています。


 このような体制の変化には、背景に90年代から進められた構造改革(あえてNPMと言い換えても、この場合は間違いではないでしょう)の影響があることを否定できないでしょう。
 かつては、工場排水や河川水の採水分析をすべて行政が自前で賄っていました。1台何千万円もするガスクロやドラフトを備えた分析機関があり、これらの機器の操作に長けた化学職の職員を何人も配置していました。
 ところが「民間にできることは民間に」の流れで、採水分析も民間の計量証明機関に委託することが一般的となってきました。
 当市の場合で言うと、現在、分析機関に配置された化学職の職員は3人で、うち1人は管理職(今年で定年)、1人は再任用です。
 確かに、自前で高価な分析機器を揃え、きっちりメンテナンスをし、これらの機器を扱える職員を何人も配置するよりも、外部機関に委託してしまった方が、合理的であることは間違いないのです。各自治体が個別に分析機関を抱えるよりも、複数の自治体から分析業務を受託する大手分析業者の方が、スケールメリットが活かせて、迅速に、安価に、正確に分析結果を出すことができるのです。その意味では、水質分析業務は外部委託化に適した業務であるのかもしれません。


 しかし問題となるのは、外部委託化が進むことにより、行政職員にとって、それぞれの分析項目が持つ意味や、実際の分析方法などが、分かりづらくなってきていることです。
 CODとBODは何が違うのか。窒素の分析法には紫外法と総和法があるがどう使い分ければいいのか。BODの測定結果は低い値なのに、窒素やりんが高い場合、どのような原因が予想されるか。
 外部分析業者に委託する場合「この検体のBODについて測定してください」というインプットに対して、「BODは1mg/Lでした」というようなアウトプットとしての数値だけが返ってきます。この間のプロセスは、行政職員には見えてきません。このことは、化学の素養のない行政職員にとって、BODとはそもそも何を表す数値なのか、についての想像力を奪わせる結果となります。
 そして、水濁法の排水基準に適合しないことは、改善命令の要件にもなりうるわけですから、分析項目の意味を理解できていない行政職員が、民間の分析会社の行った分析結果に基づいて、改善命令を行うか否かの判断を行わなければいけない、という状況が、すでに全国の自治体で起きつつあると想像されるわけです。
 もっと言ってしまえば、大規模な工場の場合など、行政職員による立入検査で採水を実施する際に、同じ排水を同時に採水し、自前で分析にかける、というクロスチェックを行うことが一般的です。そして、ごく稀なことではありますが、行政の委託先である分析会社の測定結果と、工場が独自に実施した測定結果とが、一致しない場合があります。この場合、どちらかの分析操作が適切でない(あるいは、どちらも適切でない)可能性があるわけで、行政職員は、この結果を適切に判断して、改善命令等の措置を行う必要があるかどうかを判断しなければならないわけです。双方の分析操作の手順を細かく聞き取り、分析野帳を取り寄せて確認し、誤りがないかをつぶさに確認しなければなりません。分析方法について全然分かっていない行政職員が。


 で、私のようなズブの素人が、計量証明事業所である分析会社に対して、「光度計のセル長何ミリ?」とか「ろ紙を何回洗浄して何ml通水した?最後純水で洗った?ブランク引いてる?」とか「GC−MSのチャート見せて。検量線いつ作った?」とか、JISハンドブックと首っ引きでやってるわけですが、これってやっぱり無理のある状況のような気がするんですよね。
 分析の外部委託そのものは行政経営の観点から必然の流れとしても、これまで「自前で分析をやっていたから、特に意識しなくても分析の知識を持つ職員が育っていた」のとは状況が異なってきているので、今後は「分析を外部委託するに当たって、受託業者を指導できる程度の分析の知識を持った職員の育成」を計画的に行っていかなければならないように思います。それも、まだ詳しい職員が残っているうちに。