DHMO

 今日、我々の身の回りには、数えきれないほどの種類の化学物質が満ちあふれている。
 その中で、法律などで規制がされている物質はほんの一握りで、大半の化学物質は、たとえそれが危険なものであっても気づかれずに、我々の知らないところで環境を破壊しているのだ。


 今回は、ある化学物質に着目したい。この物質は、その分子構造に着目し、ここではDHMOと呼ぶことにしよう。
 DHMOは、今日の化学工業に欠かすことのできない物質である。DHMOは化学工業において、もっぱら洗浄剤、溶媒あるいは冷媒として使用される。多くのものを溶かす性質から、特に溶媒として優れている。
 DHMOはまた、製造工程において排出されるものでもある。合成樹脂の製造工程においては、不純物として除外される。あるいは、有機溶剤を焼却処理した際に、微量のDHMOが副次的に生成されることも知られている。
 このDHMOが、実はその大半が環境中に排出されていることは、見過ごし難い事実である。工場で使用されたDHMOは一部が蒸発して大気中に排出されるが、大半はそのまま川や海にたれ流されているのである。
 DHMOを原因とする死亡事故は、数例ずつではあるが、毎年必ず報告されている。また、DHMOは多くの金属を腐食させることが分かっており、最近の研究では、酸性雨の主要な成分であることも分かってきた。
 DHMOの生体蓄積性については、メダカやフナなどの魚類、カエルなどの両生類において、大量のDHMOが体内から検出されており、これらの生物においては簡単にDHMOを体内に取り込みやすいことが分かっている。人体においても、尿中や母乳から高濃度のDHMOが検出されたとの報告もある。
 我々は、この化学物質について注視するとともに、必要な規制を行うよう政府に働きかけるべきである。
 この物質、DHMO。Dihydrogen-Monoxideの法的規制に向けて、ぜひ声を上げていただきたい。



 ……というギャグが流行ったのですよ、私が高校生の頃。
 一応オチが分からなかった人のために解説すると、Dihydrogen-Monoxideというのは、diが数字の2、hydrogenが水素、monoが数字の1、oxideとは酸素化合物を意味します(厳密な命名法ではないけど)。
 水素原子2個が、酸素原子1個と化合した物質。ご承知のとおり、水分子(H2O)です。
 で、上の方では、いっこも嘘言ってないんで、確認してください。水は化学工場において、洗浄水、溶媒、冷却水として使用されています。いろいろなものの水溶液を作ることができる、優秀な溶媒ですね。
 合成樹脂の製造工程で水を使う場合、余分な水は、最後に脱水、乾燥工程によって取り除かれます。有機溶剤(炭化水素)を燃焼させると、二酸化炭素と水が得られますね。
 工場で使用された水は一部が水蒸気として大気中に放出されますが、大半は川や海などに放流されます。
 水が原因となる死亡事故(水難事故)は毎年何例か報告されていますね。鉄などの金属は水と長時間接触していると腐食しますし、酸性雨の成分は、もちろんその大半が水です。
 メダカ、フナ、カエルなどの水生生物の体内にはもちろん多量の水がありますし、人間の尿や母乳にはもちろん多くの水が含まれています。


 何が言いたいのかというと、個別の事実においては何一つ嘘を書かなくても、全体の印象としては、あたかも無害なものを有害であるかのようにミスリードさせることは難しくない、ということです。
 我々は多くの科学技術の恩恵を受けて、今の豊かな生活をしています。そして我々は、人為的に合成され、これまで自然界には存在しなかった様々な物質を目にすることになっています。
 その中には、危険性が明らかになっているものもありますが、危険性の情報が一人歩きしているものもありますし、危険か安全か未だ判断がつかないものは無数にあります。
 原発事故以後「正しく怖がる」とはどういうことか、が話題になる場面が少なくありませんが、リスクの評価とは決して一面的に行いうるものではないことは心に留めておかなければいけないでしょう。